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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和51年(う)51号 判決

被告人 後藤宗一

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人手取屋三千夫名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官安村弘名義の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

本件控訴の論旨は、刑法一五七条一項にいう公正証書とは重要な権利義務に関する公文書に限定すべきところ、本件自動車登録フアイルは重要な権利義務に関するものとはいえないので、同条の公正証書に該当しないし、仮に、これが公正証書に該るとしても、本件のような自動車移転登録に際して虚偽の申請をした場合は、道路運送車両法一〇九条一項二号により処罰すべきであつて、刑法一五七条一項によるべきではないのに、本件につき、右刑法の規定を適用した原判決は、法令適用の誤りがあり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない、というのであり、これに対する答弁の要旨は、自動車登録の制度が交通行政上の役割と自動車に対する私的権利を公示するための役割を持つている点からすれば、自動車登録フアイルは明らかに刑法一五七条一項所定の権利義務に関する公正証書に該るものというべきであり、また、道路運送車両法一〇九条一項二号及び刑法一五七条一項の各規定の文言を対比すれば、本件のごとく積極的に虚偽の移転登録申請をし、その結果自動車登録フアイルに不実の記載を生ぜしめた場合は、右刑法の規定を適用すべきであるから、原判決には何ら法令適用の誤りはなく、本件控訴は棄却さるべきである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して以下検討を加える。

自動車登録制度は、自動車の実態把握、盗難予防、自動車の安全維持の行政目的のほか、自動車の所有権並びに抵当権の得喪、変更を公示するという私法上の重要な機能を有するものであり、自動車登録フアイルに登録された自動車でなければ運行の用に供することができず、また、その所有権並びに抵当権の得喪、変更は登録を受けなければ第三者に対抗できないものとされており、しかも何人も登録事項その他の自動車登録フアイルに記録されている事項を証明した書面の交付を請求することができることなどに徴すれば、自動車登録フアイルは権利義務に関するある事実を証明する効力を有する公文書であつて、刑法一五七条一項にいう「権利義務に関する公正証書」に該ることが明らかである。なお、これに関連して、原本である自動車登録フアイルへの登録が、電子情報処理組織すなわちコンピユータ・システムの電磁的記憶装置によつて行なわれている点から、その文書性が問題となるが、電磁的記録物もコンピユータ特有の記号(ランゲージ)によつて表示された人の意識内容の記載で、法律上重要性を有するものであり、かつ右電磁的記録はラインプリンターによりプリント・アウトすれば文書として再生されることと不可分的な関連を有するものであるのに加え、前記自動車登録制度の機能並びに昭和四四年法律第六八号による道路運送車両法改正の経過からみて、従前の一車両一葉主義のもとにおける自動車登録原簿とその本質を異にするものとは考えられない点など総合考察すると、これが文書性を肯定するのが相当である。

しかして、公正証書原本不実記載の罪は、公務員に対して虚偽の申立をし、権利義務に関する公正証書の原本に不実の記載をなさしめることによつて成立するところ、被告人の原判示所為は右構成要件に該当することが明瞭である。弁護人は、被告人の本件自動車移転登録に際しての虚偽申請の所為は道路運送車両法一〇九条一項二号によつて処罰すべきであり刑法一五七条一項を適用すべきではない旨主張するが、右両者は構成要件の内容を異にするのみならず、その保護法益を全く同じくするものとも解しえないから道路運送車両法の処罰規定が特別法として右刑法の規定の適用を排除する趣旨のものとは認められず、本件行為の犯罪構成要件該当性を刑法独自の観点から考察すれば、公正証書原本不実記載の罪の成立を肯定すべきものと思料される。その他弁護人の所論につき、記録を調査吟味しても、原判決の認定判断は相当であつて原判決には何ら法令適用の誤りは認められない。弁護人の論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は、その理由がないから刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却することとし、当審における訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書によりこれを全部被告人に負担させないこととする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判官 中原守 横山義夫 宮平隆介)

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